Editors Voice

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「インフォメンタル的突破方法」

私たちは情報による迫害は確実に発生していると考えている。実在とは無関係な机上の知識に包まって権威づけ安全地帯でごちゃごちゃ喋るか、通信上のやり取りに終始結合しまるで無意味な同じ価値の抽象的パラメーターに従って情動や欲望、イメージを露呈し、集団的想像を一定の意味で固着させ、このネットワークから永久に逃れられない想像力の貧困を引き起こす、これはある種の病気だ。このいわばインフォメンタルの利用者たちは、 実存的徴候を取り去られ、指定された同一性、アイデンティティを侵犯し続け、混合、交叉、複製、触媒、融合し、姿は見えない、まるで歩みを知らない錯覚化したものたち、これら情報精神劇場の主役たち全員は詐欺の共犯者であることを認めるべきである。私はこの通信回路の袋小路から突破することを提案する。この利用者たちが喜んで提供してくれるものとはまったく異なる、新しい分析的、美的、社会的実践の交叉点において行動し、私たちの手によって作らなくてはならない。

ポストモダニズムの代表的な詐欺師リオタールやボードリヤールは大きな物語と呼ぶものが崩壊してしまったので、統一的な社会行動へのいかなる意志も信じてはならないと言い、あらゆる価値が通用しなくなり、疑わしいものになったと言い放ち、芸術的、社会的実践に認められる危機が、あらゆる大規模な集団的投射性の断固たる拒絶に行き着かざるをえないと考えている点に最大の過ちがある。これは無論のこと一つの状態を言い表しただけにすぎない。

むしろ私たちは、フランスの芸術家、映画監督、シチュアシオニスト(状況主義者)のギー・ドゥボールを積極的に支持する。ギー・ドゥボールは自身の最も有名な著書「スペクタクルの社会」で商品経済の独占的な支配、メディア的なものが純粋な一方通行の段階に達したコミュニケーションの独占状態を批判した。こうした統一的に配備された統治環境の中でドゥボールは新たに作品を創造するという意識の方向づけではなく、既存の作品を転用し、芸術の乗り換えの傾向を強めていき、都市そのものに対する集団的行動の中から状況を構築するという方向へと進んでいった。

スペクタクルの社会が執筆された時期の社会に対するドゥボールの批判は、主にそのスペクタクルから個が取り残され、全く自らと関係のないところで見せ物として我々は強いられることになり、社会は独善的にそれを機能するというものであった。私が思うに、今やその対象関係は変貌を遂げ、擬似的な空間、何ら事実上の事物とは全く関係ないところで、架空上で取り残され、一見すると自由な発言が出来るというはりぼての電子ネットワークが発明され、それらのネット上の実体は、疎遠意識を表面上はなきものとして、全く意味のない言説や不満をネットワーク上で飛び交わせることによって、偽造された生を得ることが出来る以上、より社会にとっては都合の良い状況にスペクタクルは段階的に進化したのだ。つまり、ネット上で模像したものたちそれぞれが、擬似的な優越性を相乗させ、撹拌し、発するようになった個人は、物象化した擬似的身分をそれぞれが保つように努力し、それらの擬似的生の膨大な繁殖は、無意識的な特権意識の中に芽生え、偏狭で空疎なものをさらに加え、ますます悪化し続けている。これらのいわば屍と腐敗とたちのぼる臭気とが、生を豊かに養っているものでないと私にはハッキリと断言出来るし、個人は理性の統制を投げ捨てて、模像的な現象のうちに、目にも見えぬ早さで逃げ込み、自然法則の適用除外に乗っ取り枯れ葉剤をまき散らし、自我を尊厳を深く軽蔑し続けるという退屈極まりない無限ループの中に囚われている。

こうした事態を考慮するにあたって、私たちが支持するのはポストモダニストたちのような拒絶ではなく、シチュアシオニストたちのような行動である、それは本来の精神の創造であり、発掘であり、美しい光景を観たい為に、人間として生存するための当たり前の条件のひとつだ。情報精神劇場から飛び出し、通常の意味作用の指命からはみ出し、実存的生産の特別な力を獲得しうるために、エネルギー的、空間的、時間的な通信座標に従って、展開するもろもろの対象に息吹を与え、ディストピアではなくユートピアを、絶望ではなく希望を、逃避ではなく歩みを、多元的、多次元的ジグザグ運動から、アンテナを持ち出し引っ掻き回すハッキングの技術を駆使し、情報通信環境と本来の生との環境との関係において人間を根本的に位置づけなおし、創造的な通信回路の連鎖の多種多様な能動的生の世界のすべてを見出す。記憶の記憶、宇宙的散在からの記憶回路の存在、互いに憑依し合い集塊化しているものたちを陽動して煌めくブルーの陰影淡く燃え、生を介在させ、摩擦させよ、私たちはさまざまなかたちで疎外されてしまっている生の喪失を明らかにする通信上の探検と発掘、改竄を積極的に採用する。

放っておけば通信信号的素材は、もろもろの言説的集合の論理に従っているので脱線しないし時間や空間の枠を飛び越えないので、重力と無重力の狭間に浮かぶ言説のはぐれ雲にすぎない。私たちは精神の解放をめざすために新たな社会実践が充分に明確になるために漂流し発言し行動するべきである。すべてが同じ価値を持ち、あらゆる実存的特異性が一定の方向に従って価値を失うひとつの世界を私たちは切断し、断面から感じる美的共立性、ある固着された精神の結晶化、この抽象通信の世界から横断し、生物的、幾何学的、認識的、機械的、無生物的、そしてまた粒子的、電子的なさまざまな衝突、軋みのあいだに、進化的、創造的な橋を架けよう。

私たちの未来はどう考えてみても、ノイズ的錯乱が画面へ飛び火している通信環境から、多重で錯綜した匿名の虚無空間から、あらゆる精神状態が病に平伏しているインフォメンタルの電子的交錯体から、突破することにかかっている。

ハラ トム(2012.7)