「戦時の手紙 ジャック・ヴァシェ大全」 訳著 原 智広

http://www.kawade.co.jp/np/isbn/9784309207780/
本文より抜粋。シュルレアリスム誕生の霊媒師にて、永遠の反抗者、23歳で自殺した伝説の詩人ジャック・ヴァシェ、100年目に降臨。
アンドレ・ブルトンへの手紙。「モデルニテを頻繁に使うあなたの態度と※3税関吏ルソーにはある共通の性質がある、それは戦争が起こるとも分からないのに、周囲の雰囲気に圧倒されて、臆病風に吹かれてしまうようなものだ、何もまだ起こっていないというのに、あなたには自身の確たる信念というものが最初からない、あなたは空っぽ同然だ、自身の生活上の悩みを厄介払いしてから、芸術家であろうとする、全くもって不合理な執着にこだわる、既に安全な立場にいるあなたは強烈なエゴイズムに支配されている、まあ、それもいいだろう、その呆れるほどの強欲ぶりに、少しばかり私も感嘆したところだ、貪欲で、それに一寸驚愕する野蛮人のようだ、私はこれから君にとる態度を決めねばなるまい、しかし…私たちが共同して、なし得ることのすべてにもう殆ど結論が出てしまい、停滞したままだ。したがって、私は孤独でいることを望む、さらに言うなら、文学や、ましてや芸術なんてものはない。
閑話休題。
芸術なんてどこにも実在しない、何の疑念もなしに、それは断言出来る、あなたが幾ら繰り返そうが、世迷言を謳おうが無駄なことだ、だが、芸術は生み出されている、なぜなら、それはここにある「現象」として、また「偶然の状況として」浮かび上がる、コントロールすることは決して出来ない、これ以外はあり得ない、あなたは何故芸術を生み出そうと躍起になり、それを望むのか?
それ故に私は芸術も、芸術家どももうんざりだ。(くたばれ、アポリネール)トグラットが詩人を虐殺したのに原因があったように!だから、古臭い叙情詩は残酷さをもって、少しも残らず、すべて抹殺する必要がある、それらの詩にはまるで強度がない、一時的な感傷主義により生み出された、だから、それらの詩の牽引者どもはとっとと消えていなくなったのだ。
推薦文
 あらかじめ20世紀の前衛芸術を馬鹿にした男がいた。自らの意に反してその前衛なるものの先駆者となるジャック・ヴァシェである。ダダ? 違う。シュルレアリスム? 違う。その点を理解し経験することは、逆にダダやシュルレアリスムが何であったかを知ることになる。ヴァシェは芸術を存在論的に否定した最初の一人だった。それから何が起こったのか。
 この翻訳によってヴァシェの全貌が始めて明らかになる。変則的であるばかりでなく、このような人物をめぐる本としては異様な密度のある訳書だが、これほどヴァシェにふさわしい形があるだろうか。勿論、文学(他に言い方がないのでそう言っておく)を読むことは作者を知ることだけではない。作者を深く知ることは、彼に汚染され、彼を何らかの形で生きることを免れないからだ。読むとはそういうことである。その秘密は、書かれたもの、生きられたものの秘密であるからだ。
 ヴァシェのむき出しの、だが告白されざる生、早すぎた自殺という暴力によってしか決着をつけられなかったその生は、20世紀の謎なのである。 急げ! 自殺したヴァシェは我々でもあるからだ。
鈴木創士氏(仏文学、作家)
世界文学史上もっとも人間的な「穴」と、「穴」を穴のまま抱きしめようと追いすがる翻訳者との、命がけのデッドヒート。
いしいしんじ氏(作家)